私の住むマリの首都バマコの中心部に一本の大通りがあります。
この道路がこの戦いの主戦場です。
まずはその大通りの解説から。
4車線相当の直線で、大河ニジェールを渡る橋の袂から、バマコ駅まで続いています。
一年前、マリに来た当初はまだブロックはありませんでしたが、現在は中央に分離ブロックが置かれ、
2車線相当ずつのレーンが二本、ズドン!と通っています。
その長さは約1.2キロ。まるで青山通りのような存在感です。
こちらが市街地の地図です。
より大きな地図で バマコの家と学校 を表示
中央の青紫の線が件の大通り。
左側に見える黄色い家が私の家。
右上の緑の家が、配属先の職業訓練校です。
私は毎朝この大通りまでソトラマ(乗り合いバス)に乗り、通りのど真ん中で乗換えを行い、学校まで出勤していました。
(後述のようにこの戦いの進展に伴い、通勤経路・バスの乗り換え場所も変わってしまいましたが)
さて、ここはバマコ、マリでは人と車の距離感が日本とはまるで違います。
以前も触れたと思いますが、車が人とすれすれ、というより掠りながら通行します。
車が偉いのです。が、人も負けてはおりません。車道に人々があふれ出し、路上を平然と歩きます。
さらにその両者の隙間を縫って、バイクがクラクションと共に駆け抜けます。
その青山通り(仮にこう呼びましょう)、路上にもかかわらず自分の商品を所狭しと並べる露天商の天国でした。
街どころか、国一番の目抜き通り。一大マルシェ(市場のこと)だったのです。
ところがマルシェは不法な露天の集合体の上、道路は市街地の中央を走る主要な幹線道路。
ここが占領されていては、ただでさえ渋滞に頭を悩ます国にとっては大問題。
しかも、ソトラマと呼ばれる乗り合いバスが客を乗せるために停まり、道路を封鎖してしまいます。
おそらく長きに渡って繰り返されてきたのであろうこの道路を巡る争い。
道路を拡幅しては占領され、舗装しては占領され、レーンを分離しては占領され。。。
ここでわかりやすく、常に先手に立つ警察(役所・国)側の攻撃をリストしてみましょう。
国側の攻撃(というか守備?)一覧:
- 中央に分離ブロックを並べる。
- 道路と歩道の間に高さ2メートルほどある柵を並べる。
- 道路をおもむろに舗装し直す。
- 中央にある交差点に(交通整理のための)警官を配置する。
- 中央にある交差点に信号を設置する。
- 軍隊・警察を動員して道路際に5メートル間隔で立たせ、進入を禁ずる。
すごいですね。これだけの対策をして、なおそれを打ち破る市民の力。
それは露天で生計を立てている人もいて、生活がかかっているのだからわかる気もしますが、、、
この露天、大体場所によって同じような商品を販売しているエリアがまとまっています。隣同士同じ商品を同じ値段で販売して、商売になっているのでしょうか。
それから明らかに売り子の方が多く、おそらく一日に数点しか売れていないと思うのですが、それでいいのでしょうか。
また、毎日毎日朝8時くらいに全ての商品を持参して、おもむろに広げ始めます。この労力は半端無いと感じるのですが恐るべき気力です。
そしてこれらの商品の品数がなかなか多いこと。仕入れ値を考えたら相当な金額となるだろうに、一体どうやって商売を開始しているのか。
などなど謎は尽きません。
さて、最後に地図でも文章で書いてもイメージが湧きにくい所があるかと思いますので、動画もご覧ください。
※この動画は自転車で世界一周をされている責自さんが、
GoProというコンパクトなカメラを自転車に搭載して撮影されました。
こんな現場です。
上の動画は昨年5月のもの。攻撃の段階としては分離ブロック、柵、再舗装、交差点に警官と信号の後になります。
路上のごみの多さも注目ですね。もう見慣れてしまってなんとも思わない自分が問題です。
この後、軍隊と警察の連合軍が戦時中かのように物々しく配置され、路上を歩行する通行人に対し厳しく指導。
さらになんと国側はソトラマ専用のバスロータリーのようなものを少し離れた駅の向こう側に配置したのです。
この連続作戦が功を奏したのか、今現在(2012年1月)、この大通りは大分落ち着きが生まれ、整然と自動車が行き交っています。
おそらくほんのひと時の静寂だとは思いますが、、、
しかしすでに配置されている軍や警察はダレ始め人々は平然と路上を歩き、徐々に商品が道路上に迫り出している。いつまでこの状態がもつのか見物です。
ちなみに新たに作られたバスロータリーの周辺は、早くも新たな市場として賑わい始めています。
今回はそんな日常の、市民の生活に一番近い目線から街の様子を見てみました。
でわ。
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